オフィス鴻

修羅場と経営意思決定

2023年09月07日

Goo辞書によれば、修羅場とは「激しい 血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所」とあります。最近は、仕事や人間関係などに関連して使われることが多いのですが、語原は仏教の守護神「阿修羅(あしゅら)」と、ヒンドゥー教の武神「帝釈天(たいしゃくてん)」が闘った場所のことを指すそうです。

編集人は、仕事や人間関係で生死にかかわる修羅場に遭遇した経験はまだないですが、憎しみや怒りの感情を抱くことはあります。また、「ある企業内での出来事(編集人に落ち度はなく、貶められたのだと今でも思っています)」で15年勤めた会社を辞めたのですが、神々が争う修羅場と言うよりは「妬み」「やっかみ」「人間不信」が原因だったと思っています。結果的に、少し長めの精神的冷却期間を置くことで客観的に自分を見つめられたため、今では「そんなこともあったな」程度の感覚が少し残っているだけです。以前のブログでも「朝令暮改」と個性の強い上司について私見を述べましたが、3日経ってもアンガーマネジメントできないケースは殆どなく、自分の心の整理ができれば意外と簡単に解決への道筋(困難にぶち当たる覚悟は要ります)が見えると思います。最近は「ある企業内での出来事」は経営者の心の葛藤に起因していて、最終的に従業員に対する心の余裕を失った状態で経営判断した極限的な状況、または取り巻きの入れ知恵だったのかと思っています。

また、世の中には「修羅場」を潜り抜けたと言う人がいますが、大概のことは自分自身の動機と性格が各人の意思決定の基となるので、生命や犯罪にかかわらない限り修羅場は経験しなくて良いものだと思います。ただし、企業が成長していく過程での経営者の意思決定では「富・財産を築くこと」と「組織を自分の意思で動かすこと」が二律背反的な関係性となる可能性もあり得ます。「I come through the scene of bloodshed(修羅場を潜り抜ける)」状況に近かったのでしょうが、今となっては確かめる術も必要もなく、ある意味良い経験をしたと思うようにしています。