オフィス鴻

経験の言語化の難しさ

2024年04月08日

伝統工芸・芸能・職人の世界では、修行中に師匠が懇切丁寧に技術やノウハウ指導をしてくれることは殆どなく、自ら「技を盗むこと」が実力を身に付ける最良の方法だとお聞きしたことがあります。少し話は脱線しますが、編集人は生まれた土地柄、子供の頃から芸能関係者や自由業系の方とお話しや会食する機会がありましたが、顔と名前が一致しない限りは一般人として特に相手の職業内容等について自分から話をすることはありませんでした。その影響なのか、今でも物事を進めるコツのようなものは自分自身で会得するという習慣があり、知らないことは書籍で調べたり、知ったかぶりは相手にとって迷惑千万な行為なので専門家に躊躇なく教えて頂くようにしていました。このことは、社会人になってからも相手との距離感や親和性が習得時間を短くすることついて、非常に役立っていると感じています。

現代社会では、理論的に教えることで技術習得までの時間を短縮すること(例えば、寿司職人学校は3ヶ月で職人養成する、マニュアルを整備するなど)に重点が置かれがちですが、背中を見て学ぶ姿勢の中にはその方の試行錯誤の繰り返しが含まれており、一子相伝とは異なりますが自律的探究心を深耕する点では技術以外の伝統のような言語化できないものが身に付くのではないかと思っています。そこには後継者へと伝承していくときに効率性だけでは伝えられない「言葉だけでは教えられない技術や経験の領域」が存在することを認め、教わる側の心構え次第で更なる文化の継承・向上が図られていくことも、頭の隅に置いといて良いのではないでしょうか?

ただ一方で、教える側にも従来型の技術継承を変革していく覚悟のようなものが重要だと感じます。つまり、超一流と呼ばれる方々の経験や技術には言語化できない世界もあることを承知していれば、今はChatGPTなどで巷に溢れるあらゆる情報を自分なりに分析・活用することで、「背中が語る仕事への姿勢」として何かを感じれば良いのだと思います。