オフィス鴻

年賀状じまい

2025年02月16日

今から20年以上前までは毎年100枚以上の年賀状を手書きで作成していましたが、11月から準備を始めておかないと投函締め切り日に間に合わないため、12月は仕事・私生活ともに以上に繁忙だったことを思い出します。仕事は年度予算の作成方針がメインで、私生活は妻の誕生日祝いと子供のクリスマスプレゼントに翻弄されていました。最近は、年賀状も全く出さなくなりましたが、そのことで困ったことは今のところありません。現在はSNSの発達ですぐに情報交換ができるため、「あけおめ」とは言わないまでも、年末のご挨拶だけはSNSと往訪により続けています。年賀状は日本の文化の1つでありますが、日本郵政(郵便局)にとっては短期間で多くの郵便物が効率的に配送できるため、事業のドル箱とも言われていました。

年賀状には抽選により懸賞に当選する仕組みがあり、年賀状枚数の減少に伴い徐々に高額品へとシフトしていったように思います。また、手書きの年賀状は出す方の人間性が滲み出ており、時にはそれがご縁で遠ざかっていた方と再び会う機会が生まれたりしていました。しかし、「年賀状じまい」という言葉があるように、終活と同じような意味で少しずつ身の回りを整理していくことや、食事のお誘い等の再開にも繋がります。個人的には、年賀状がなくなったとしても代替手段がある現在では自然の流れのように感じています。一抹の寂しさを感じることもありますが、全てを時の流れに合わせていくことも人間として意味のあることなのかも知れませんね。

ただ、1点気がかりなのは郵便局員が年賀状販売ノルマが課され、売り切れない分は損切り覚悟で金券ショップに持ち込んでいた(自爆営業と呼ばれていました)ことです。さすがに今はそのようなことは無いとは思われますが、昨年にはがき・手紙の料金が値上げされ民営化で実現されるはずだった黒字化には程遠い状況のようです。結局は、郵便に変わる選択肢が増えたことに起因すると考えられますが、郵政のあり方を再検討する時期なのでしょう。