論語(顔淵子路)
2025年12月15日
顔淵とは孔子の第一の弟子、子路(あざな)は季路だとされていて、共に非常に優秀な人物であったとされています。現代社会で生活していると、なかなか物事の核心に迫りたくても様々な事情によって人間同士の駆け引きが生じることが多々あるものです。その中でも特に讒言(ざんげん)と呼ばれる、ありもしない事実をまことしやかに作り出したりして他者のことを目上のの人に悪く言うことも往々にして行われています。編集人もこの讒言のような密告・裏切り・告げ口などで嫌な思いをしたことがありますが、最終的には自身の行動のどこかに何らかの理由があるのだと考えていました。
つまり人の上に立つ者は、心の眼(心眼)で物事の本質を理解できるだけの素質がなければ、他者の讒言に振り回されるリスクがあるのだと考えています。時に他人を妬んだり羨んだりすることは人間の本能であるとも言われますが、編集人の中では日常生活の中で「徳」を積んでいく姿勢があれば先述の心眼を養うことができると感じています。もちろん讒言を受ける場面に遭遇すれば嫌な思いも沢山するのですが、自分を欺かない強い意思があれば必ず誰かが正しく判断してくれると信じています。つまり正直者を疎んじてしまえば、いずれは悪だくみをする連中が横行してしまうでしょう。
似たような考え方に、日本の武士道があります。よく言われる言葉に「関東男子には二言なし」という言葉があります。読んで字のごとくなのですが、いったん引き受けたことは最後までやり遂げると言うことが男子の本懐であると言うことでしょう。日本人の特性の1つに上げられているのは、国際政治などを含めて日本人はギリギリまで我慢するが、ある限界点を超えてしまうと他民族からすれば非常に怖い存在に映るようです。古今東西を問わず信用・信頼を失って滅亡していく国家等は歴史が証明していますし、その中でも日本人が生成AIから高く評価されていることも納得できそうですね。



