信頼の大切さ
2026年03月14日
信頼と言う言葉の意味を某辞典で調べてみたところ、「信じて任せること。信じて頼りにすること。」とありました。また対義語には不信とあり、先程の意味と比較すると「(本気で)信じないこと。」とも言えそうです。編集人は仕事でも私生活でも信頼と言う言葉を比較的多く使っていると感じており、自分自身の責任で判断する必要性が生じた時には最終的に「自分が相手の人柄を信頼できるのか?」を基準にしています。言い換えれば、仮に相手から騙されたり裏切られたりしたとしてもそれは自分自身の相手を判断する眼が鈍っていたと考えていて、最後には自分なりの責任を取るようにしています。
日常生活や仕事に於いては様々な場面に遭遇しますから、その場ですぐに判断できない内容も多々あります。しかし、過去に騙された相手に対して信頼することはまずあり得ないのが実際のところです。一例では約束の時間・期日を守らない、少額であっても金銭の貸し借りをきちんと精算しない、そして何よりも口(言葉)や証拠のない噂などで自分を正当化する方については、原則として不信から入るようにしています。特に小さな偽り行為を何度も重ねるような方には編集人の方から一定の距離を置くことで、不要なトラブルに巻き込まれるのを避けるように行動しています。
これは人間同士の話に限らず、組織・企業・国家などの関係も複雑な利害関係が絡むにしても同じことが言えるのだと考えています。もちろん交渉ごとや利害・人間関係の中では、煮え湯を飲まされるような場面に出くわすことが全く無いわけではありません。しかし人間の寿命はどんなに長くても現在の科学では120年程度とされており、30年以上続く企業は全体の3%程度だとも言われています。編集人が現在所属している企業も企業売却(1度取引先の希望で9年目で売却しました)を含めれば既に31年目に入っていますから、信頼に対する考え方も大きくは間違っていないと感じています。



